Cosmic PRRRincess Kaguya!

はじめに

こんにちは。Udonです。

『超かぐや姫!』は今一番勢いのあるアニメ映画といって差し支えないでしょう。聖地立川市の立川シネマシティでは延長上映が決まり(2026/03/07現在上映終了は「未定」となっています)、連日多くの人が映画館に集っています。

cinemacity

延長上映が決まる前の3連休などは1週間限定と言われていたこともありすさまじい集客でした。自分は2/23の昼の回の予約が解禁された瞬間にアクセスしたことで何とかチケットを確保することができました。10分程度で広めのスクリーンでも席がほぼ埋まっていたので、これはただ事ではないと感じました。

そして迎えた鑑賞日。若い男女や家族連れなど、様々な年齢層の方々と共に、自分はこの映画を鑑賞しました。

感想は圧巻の一言でした。自分は立川市出身なので、見知った街で魅力的なキャラたちがそれぞれの人生を輝かせているということにとても感動しました。内容も非常に現代にマッチし、かつ希望に満ちた素晴らしいもので、大ヒットしていることの説得力がありました。

ただ、一つ思ったことがありました。何だか見たことがある要素があるぞと。鑑賞後記憶をたどっているうちに、この映画とかつて同じ映画館で上映されていたある映画との共通点が見つかりました。

それは2022年に日本で公開され、一世を風靡した血沸き肉躍るパワフルエンタメ『RRR』です。

RRR

インド映画と現代サブカル映画に共通点なんてあるわけないじゃないか、と思った方も多いでしょう。しかし、列挙してみたところこれらの映画にはかなりの共通点が見つかりました。

今回はそれらの共通点を列挙し、両作品の魅力とともにお伝えできればと思います。興味がある方はぜひ最後までお付き合いください!!

注意

今から挙げていく共通点はあくまで自分が「似ている」と思ったことで、決してパクりなどを非難する意図があるものではございません。

また、一部こじつけも含まれているので、あくまで与太話の一環として読んでいただければと思います。

そして、各作品のネタバレが含まれますのでご注意ください。

他に気づいたことがあれば随時追記していきます。

共通点

友情か?使命か?がテーマ

『RRR』のキャッチコピーは「友情か?使命か?」となっています。主人公の一人ラーマは警察で、あるきっかけでもう一人の主人公にして親友のビームこそが自分が追っていた者であることを知ります。彼は故郷の村のためにどうしても警察で功績を上げる必要がありました。そのために友情と使命の板挟みとなり、苦しみます。

対して『超かぐや姫!』では、かぐやは月の住人としての使命を放り投げて地球にやってきたことが明かされます。そのため、彼女は彩葉との友情を諦め、月に帰らなくてはならないという運命と対峙することになります。

「友情」と「使命」のどちらを選ぶのか。それが両作品の大きな山場となっています。

古典をモチーフとしている

『超かぐや姫!』はその名の通り『竹取物語』をモチーフとしており、そのストーリーラインに沿って物語が展開していきます。対して『RRR』では『ラーマーヤナ』がモチーフとされています。

どちらの作品でもここぞというタイミングでモチーフ作品を引き出してきます。『超かぐや姫!』ではキャッチコピーにもある通り『竹取物語』を「ハッピーエンドにする」ことが後半の大きな軸となっており、『RRR』では「シータ姫は王子を探さない 王子が姫を迎えにくる 俺が王子を連れてくる」と、ビームがラーマの恋人シータに約束するシーンがあります。

音楽をバックに日常シーンが流れる

『超かぐや姫!』では配信者活動を始めたかぐやと彼女が同居することになった彩葉の慌ただしい日常が『私は、わたしの事が好き。』をバックに流れます。

『RRR』では少年を助けたことがきっかけで親友となったビームとラーマ二人の日常が『Dosti』をバックに流れます。ドスティ~

部屋の床に物が積み重ねられているシーンがある

『RRR』でラーマの部屋が登場するのですが(このあたり)、本棚がないのか本が床に積み重なっており、ごちゃごちゃした印象を受けます。

対して『超かぐや姫!』ではかぐやが配信活動のために大量のグッズを彩葉の部屋に持ち込み、ごちゃごちゃしてしまう、というシーンがあります。

看病シーンがある

『超かぐや姫!』の中盤で彩葉は睡眠時間削減・勉強・配信活動のサポート・バイト・ゲームといった過労死確定スケジュールを駆け抜けた結果高熱を出してしまいます。彼女はその後かぐやに看病され、彼女の作った料理を食べることとなります。

『RRR』ではラーマがビームの仲間ラッチュを拷問するシーンがあります。ラッチュはせめてもの反撃として、彼に毒蛇(マルオアマガサ)をけしかけ噛ませてしまいます。その後ラーマは毒に苦しみながらビームのもとにたどり着き、彼の看病を受けることとなります(その辺の草などから解毒剤を作ってもらったり)。

権力と戦うシーンがある

『RRR』の主人公たちは革命家なので、インドを植民地として支配するイギリスに対して戦いを挑みます。最終的に総督府を文字通り吹っ飛ばすことに成功し、彼らはインドの解放に向けた大きな一歩を踏み出すのでした。

『超かぐや姫!』ではかぐやを連れ帰ろうとする月の軍勢に対し、彩葉たちが自分達が得意とするゲームのルールに則り勝負を挑みます。しかし、結果は...。

弓を使う人がいる

『RRR』の主人公ラーマは弓を使って戦います(ラーマーヤナのラーマ王子が弓を使ったことから)。なぜか矢が切れないので無限のエンチャント付きだと言われています。

『超かぐや姫!』ではBlack onyXのメンバーで男の娘である乃依が弓を武器としています。

ハンマーが出てくる

『超かぐや姫!』の主人公の一人かぐやはゲームでの武器としてジェット付きのデカいハンマーを使います。これは月の軍勢との戦いまで彼女のメインウエポンであり続けました。

『RRR』では総督スコットに「インド人ごときに銃弾を無駄にするな」と咎められたイギリス兵が彼らの指示に従わなかった村長の処刑にハンマーを使っています(この事件はラーマの父ヴェンカタが反乱を起こすきっかけとなりました)。

武器関連の話は結構こじつけですね。お許しください!

連れ去られ、監禁されるシーンがある

『超かぐや姫!』では、彩葉たちの身を挺した(BANすら覚悟した)抵抗空しくかぐやが月の軍勢に捕らえられ、彼女が「退屈」とした月の世界へ閉じ込められてしまいます。

『RRR』では友情を捨てなかったラーマにより一度捕らえられたビームや彼の村の少女マッリが解放されますが、その代わりにラーマが捕らえられてしまう、という展開があります。

彩葉やビームにはかぐややラーマを諦め、自分の事だけを考える選択肢もありました。しかし...。

メロディで自分の存在を伝えるシーンがある

『RRR』では監獄に潜入したビームがラーマの独房(地面に埋まっている)の位置を特定するために、この映画を一躍有名にした名曲「Naatu Naatu」のイントロのメロディーを地面を叩くことでラーマに伝えます。

メロディーを聞いたラーマはビームが助けに来たと気づき、同じメロディーを彼に返します。それによりビームは独房を特定し、ラーマを救出することに成功します。その後、本作の山場の一つである「最強の肩車」につながるわけです。

『超かぐや姫!』では、かぐやを失い無気力となっていた彩葉が再び奮起し、母親との確執を乗り越えて『RRReply』を完成させます。

大切な人に向けた彩葉の歌は、帝が日本で一番高い山の頂点で燃やした不死の薬の煙のように、月まで届き、彼女の心に響くこととなりました。

エンディングで歌って踊る

『RRR』ではインド映画の伝統ともいえるエンディングのダンスが存在します(この動画を参照)。全てのしがらみから解放された主人公たちが謎空間で祖先を讃えて仲良く踊る、、、というものです。

『超かぐや姫!』では、体を取り戻したかぐやが復活ライブを開催する、という場面で幕を閉じます。ライブなわけなので歌って踊るわけです。実質インド映画。

立川シネマシティがピックアップした

どちらの映画も東京都立川市にある立川シネマシティが大きく取り上げ、一階ロビーでパネルやサイン付きポスターの展示を行ったりしていました。

超かぐや姫!パネル

RRRパネル

超かぐや姫!サイン

RRRサイン

『RRR』は1年近くロングラン上映をしていたので、『超かぐや姫!』もそうなると良いですね。映画館から一歩出たらすぐ聖地巡礼ができるので非常においしいと思います。

おわりに

いかがだったでしょうか。こうしてみると思ったより共通点が多いことがわかると思います。

どちらの映画も非常に完成度が高い映画となっているので、興味がある方はぜひご鑑賞ください!

それではまた。

Udonアドベントカレンダー2025 走ってみての感想

はじめに

この記事はUdon Advent Calendar 2025 - Adventarの25日目の記事です。

完走した感想

これにて、Udon Advent Calendar 2025 - Adventarは終了しました。

去年に引き続き今年も全日自分で埋めるということをしました。トピックは様々でしたが、ある程度技術的な話を多くアウトプットすることができたんじゃないかなと思います。

この記事では、一人アドベントカレンダーを終えての感想を書いていこうと思います。

毎日更新するのは結構しんどい

まずはこれに尽きます。毎日1記事、25日間で25記事をそれなりのクオリティで用意するコットは非常に大変です。

これに加えて他のアドベントカレンダーにも参加したので、実際はもう少し記事を作りました。

ストックがあればいいのですが、数個しかストックがないとすぐに枯渇してしまいました。なんとか書きかけのものを引っ張ってくるなどして記事を用意しましたが、日が変わってすぐに投稿することはほぼできず、2個くらいは翌日に投稿する羽目になりました。

記事が雑になる

記事を用意することが目的になってしまった感があり、記事の内容が結構雑になってしまいました。

特にQiitaは思ったより多くの人の目に触れるので、コメントで不備を指摘していただいたこともありました。

誤字脱字も結構あったので、もう少し一つ一つの記事を丁寧に書く時間を確保できればと思います。

時間がない

アウトプットの時間はもちろん大切ですが、その他の時間も大切です。その辺のバランスを取る事が難しかったです。

卒論制作の時期も被っていたため、かなり余裕がありませんでした。というか一人アドベントカレンダーなんてやってる場合ではなかったですね。

研究の気分転換となっていた面もありましたが、無茶していたのは間違いないです。

来年は...

来年も一人アドベントカレンダーに挑戦してみようと思います。大学院に進みそれなりに忙しくなることは必定ですが、やはりこれを続けてみたいという気持ちも強いです。

ですが、やはり今年の反省を活かさなくては同じ失敗を繰り返すこととなります。なので、来年に向けて今回の反省を踏まえたポイントを書いておこうと思います。

記事のストック

やはり記事のストックは大切だと思いました。ストックがないと投稿のために焦り、記事が雑になるという悪循環に陥ります。

リアルタイム性が薄い記事などはあえて投稿せずに温めておき、アドベントカレンダーの時期になったら投稿するといった風にするとよいと思います。

こうすれば投稿までに余裕ができるので、人の目に触れる前に修正したり表現をブラッシュアップすることが可能になります。

どちらにせよ、来年もアドベントカレンダーをやることは決めているのでそれに向けて前々から記事を書き溜めることが必要だと痛感しました。

技術系記事と趣味系記事の割合

今回は以下のような割合でした。

  • 技術系記事:14
  • 趣味系記事:7
  • その他記事:3
  • 反省会記事:1

半分より多く技術系記事がある感じです。

記事の内容だけアドベントカレンダーに書き込んでスタートしたのですが、上記の理由もあり予定通りには進みませんでした。

技術系記事は多くの人に参照される可能性があるので丁寧に書く必要があります。なので来年は

  • 技術系記事12
  • 趣味系/その他記事12
  • 反省会記事1

この割合で行こうと思います。

ネタ切れやマンネリ化を防ぐためにも、この割合を守るといいのかなと思います。これなら記事がQiitaとはてなに分散しますしね。

映画の感想記事

一年前からの定番となっているのでこれは続けたいです。

これはリアルタイム性のある記事なので、ストックは利きません。なので、特定のフォーマットを先に決めておき、映画を観てすぐに書き込めるような感じにしておきたいなと思いました。

ミスらないように...

何度かはてなブログの編集画面のリンクをアドベントカレンダーに貼り付けてしまっていました。

貼り付けたあとはリンクが開けるか確認すべきでした。反省です。

おわりに

色々学びがあり、反省点も大きいアドベントカレンダーでした。

ここまで付き合っていただきお疲れさまでした。また次の記事でお会いしましょう!

「ちぎっては投げる」の重要性

はじめに

この記事はUdon Advent Calendar 2025 - Adventarの24日目の記事です。

自分がしてきた失敗

今年は2人の大きな指導者に出会うことができました。彼らの教えを受け、自分がやってきたことにかなりの失敗があることに気づきました。

この記事では自分がしてきた失敗と、今年学んだ心構えを書いていこうと思います。

いきなり大きなことをしたがる

色々なものを勉強・研究する時、どうしても大きな目的に注目しがちになります。

動画サイトを作りたいとか、自分のブログサイトを作りたいとか、新しいフレームワークを作りたいとか、色々壮大な目標を立てる事がしばしばあります。

しかし、目標が大きくなってしまうとどこから手を付けていいかがわからなくなってしまい、

一つ飛びしようとする

周りの成果が気になり、何とか成果を出そうと焦ってしまったときが何回かありました。

しかし、目標までの過程をおろそかにしてしまったため、出せた成果は見るからにガタガタなものでした。

いくら周りができるからといって慌ててしまってはいけません。短い時間で成果を出しているように見えても、実際は裏でそれなりな時間を掛けているはずです。

自分もそのように時間をかけなくては成果は出せません。

回り道を避ける

焦っているときほど短期的な成果に目が行き、回り道をしなくなってしまいます。

しかし、長期的な視点を見ると現段階でそれなりに面倒な事をしておいた方が良いこともあります。

バッチファイルを構成するのを避けていたが、実はあとで同じような作業が頻発し、おとなしく最初からバッチファイルにしていたほうが良かった、、、みたいなこともありました。

何が長期的に役立つかをしっかりと見極め、後々困らないようにすることが大切だなと学びました。

成果を出すまでのプロセス

ここからは、今年学んだ「成果を出すまでのプロセス」を自分なりにまとめておこうと思います。

もちろん、これ以外にも良いプロセスはたくさんあります。自分もこのプロセスに関してはアップデートをしていきたいと思っています。

まずはやりたいことを決める

やりたいこと、目的が明確ではないと何をすればいいのかが全くわかりません。まずはやりたいことを決めましょう。

大きすぎる目標を立てすぎるのは良くありませんが、ここではとりあえず「やりたいこと」を決めます。

問題を小さくする

やりたいことを決めたら、まずは問題を小さくすることが大切です。大きな目標のままだと漠然としすぎていて、何をしていいかがわからなくなります。

どう小さくするかは人によります。得意なことは一日に結構進めることもできますが、どうしても時間がかかってしまうこともあるでしょう。

かかりそうな時間で分けたり、やる事の量で分けたりなど、色々な方法があります。

何が必要かをリストアップする

問題を小さくしておくと、それぞれに対して必要なことをリストアップすることができるので、かなり捗ります。

そのリストに従って動き出しましょう。終わったらリストアップしたものを消したりすると進捗を明確化できます。

基礎を大切にする

基礎がしっかりしていないと応用することは全くと言っていいほどできません。

どうにかやっていると思っていても、細かいところで詰まってしまいます。

そんな時は基礎に立ち返り、本や参考資料をたくさん読んだり、手を動かしてしっかりと基礎を定着させる必要があります。

少しずつやる

目標を決めたら、焦らずに少しずつ取り組みます。

無理して詰め込まず、適度な休憩も入れるとモチベーションが続きやすいです。

ここで注意が必要なのは、「当初のやりたいことを忘れない」ことです。

これを忘れてしまうと、何をやっているかがわからなくなり、モチベーションが続きません。また、やっていることがぶれて行く事にもつながります。

習慣にする

少しずつやる、ということに関連し、習慣づけることが大事です。

他の事で忙しくても、毎日一時間ずつなら時間を確保できるということがあります。無理にやって続けられないよりは、無理のない範囲で毎日やったほうがトータルの取り組み時間が多い、なんてことはよくあります。

目標に向かって歩む足を止めてしまうのはもったいないです。

短期的な目標を決める

「少しずつ進める」と言っても、目標がないと厳しいものがあります。

「いつまでにこれをする」といった目標を決めることは大切です。

目標を決めておくと、自分が今どれくらいの位置にいるのかが明確になります。

どれくらいの時間配分にすればいいのかという指標にもなるので、「いつまでに何をやる」という目標は非常に重要となります。

ちぎっては投げる=中間成果物を少しずつ公開する

やっとここでタイトルにしたことが登場します。

一日の終わりや一週間の終わりなどのキリのよいタイミングで、自分の現時点での進捗をまとめて公開・報告することは非常に重要です。

この行為により、教授や上司などに自分の進捗を細かく伝えることができます。その際にフィードバックをいただくことができれば、自分のやり方のうち良くないことが分かったり、疑問点などを早いうちに解決することができます。

確認せずに突っ走って全部やり直し、になると非常にもったいないです。

また、ちぎって投げてきた履歴をしっかりと残しておくことで、パンくずで来た道がわかるようにしたヘンゼルとグレーテルのように迷子にならないで済みます。

最初に決めたやりたいことを忘れないためにも、中間成果物は大切にすべきです。

一日、一週間、一か月などのタイミングごとに報告するトピックを変えておくとさらに現在地が明確になり、モチベーションの継続にもつながりそうです。

また、中間成果物を公開するということは「言語化して他人に伝える」ということでもあります。

言語化に手間取るようなら、本質的な理解が出来ていない可能性があります。こういった面でも自分の現在値を知る事が出来ます。

達成・公開

上記のプロセスを繰り返しているといつかまとまった成果になります。

その成果は大小にかかわらず「人に分かりやすい形で公開する」ことが大切だと思います。

これをしないとせっかくの成果が自己満足で終わってしまいかねません。他の人に見てもらい、批評を求めることも大切です。

これはかなり勇気のいることですが、やらなくては成長がないと感じました。

保守・改良

目標を達成したらそれで終わり、というわけではありません。先ほど言った通り、届いたフィードバックには目を通し、改良していく必要があります。

保守も重要です。使っているツールにアップデートがあったら更新する必要があるかもしれません。脆弱性が発見され、更新しないと逆に危ない場合もあります。

文章の場合、古い情報が残ったままになっている可能性もあります。文章が不特定多数の人の目に触れるなら、最新情報に更新しないといけません。

目標を達成したら、その成果物を保守・改良することが新たな目標となる感じです。

忘れないうちにメモを取る

アイディアは普段暮らしていると結構出てきます。しかし、メモを取らないとせっかく思いついたアイディアを忘れてしまいます。

成果物を出した後に次の目標を設定するためにも、アイディアはたくさん用意しておくべきです。

また、やりたいことが増えると次へのモチベーションにもなります。

やりたいことが多すぎると散らかってしまうことになりますが、勉強中、作業中、休憩中などあらゆる時間にアイディアは湧いてきます。

それらは大切で大きな財産となります。

すぐにメモが取れるように、作業中は傍らにメモ用紙を置いたりすると良さそうです。

おわりに

定期的に自分の行動や考え方を見直し、改良していくことが大事だと思いました。

そして何よりも大切なのは、自分の成果を指導者に「ちぎっては投げる」ことでした。自分だけで走っていると問題点に気づくことができず、誤ったフォームで苦労して走り続けたり、ゴールがずれたりしてしまうことがあります。

そういったことを避けるためにも、コーチと言える存在に一周走る度自分のフォームやペースなどをレビューしてもらうことが重要でした。

がむしゃらに走らず、周りの人に見ていただくことも意識しないといけないと痛感しました。もちろんその人も忙しいので、学んだことはしっかり吸収して次同じ状況になったら自分の足で立てるようにすることも大切です。

このように問題を小さくし、それぞれに対して継続的に取り組むことで、限られた時間を有効に使うことができると思います。

今年学んだことは今後の成長にしっかり活かしていきたいと考えています。反省の多い年でした。

それではまた、明日の記事でお会いしましょう!

『ウルトラマンオメガ』を語る

はじめに

この記事はUdon Advent Calendar 2025 - Adventarの21日目の記事です。

今回は2025年7月~2026年1月放送の特撮番組『ウルトラマンオメガ』について語ろうと思います。

ウルトラマンオメガ』について

真紅の身体と頭についた着脱可能な武器「オメガスラッガー」が特徴的なウルトラマンです。「ソラ」から落ちてきた記憶喪失の宇宙人「オメガ」が主人公で、彼が人間と出会い、ともに戦っていくストーリーとなっています。

また、「ウルトラマンは何故地球を守るのか」という問いに深く切り込んだ作品となっています。

前作『ウルトラマンアーク』はどことなく『帰ってきたウルトラマン』を意識しているような感じがしましたが、『オメガ』は明確に『ウルトラセブン』を意識しているように感じます。

  • スラッガー武器を扱う
  • 真紅の身体
  • 3体の怪獣とともに戦う
  • 人間の姿に擬態している
  • 宇宙人でありながら、人間と友情を育む
  • 後述のある展開

というように、かなりの共通点があります。

あらすじ

その地球では、過去に光の巨人も怪獣と呼ばれる存在もいなかった。その地球に謎の隕石が落ちてきた。その正体は宇宙空間で謎の生命体と戦い、敗北して地球に落とされた宇宙人であった。

倉庫管理のアルバイトをしている青年「ホシミ・コウセイ」はある日倉庫で自分が作った焼きそばを盗み食いする謎の青年を発見する。彼は記憶を失っており、自分の名前すらわからなかった。

青年をどうするか悩むコウセイ。そんな時、地下から巨大生物が出現し、街が破壊される。混乱する人々。只一人、青年はその生物を「怪獣」と呼び、「グライム」という名前も口にする。

大変な状況にも関わらず人々を助けようと身を挺するコウセイ。その姿を見た青年は、自分が「大きくなれる」ことを思い出す。彼はスラッガーを召喚し、首に下げたペンダントの青いクリスタルを使って本来の巨大な宇宙人の姿に戻る。そして、圧倒的な力でグライムを討伐する。

人間の姿に戻った青年は「オメガ」という名を思い出し、コウセイに名乗る。二人はひとまず共同生活を送りながら、出現する怪獣に対処することとする。

ソラトとコウセイは怪獣との戦いの最中、怪獣を調べる学者である「イチドウ・アユム」と出会う。彼女は怪獣の名前や生態を熟知しているソラトと意気投合し、ソラトの正体を知らないまま協力関係となる。

そして、コウセイも力を手にする。オメガに続いて地球に降下してきた隕石の正体である「メテオカイジュウ」と呼ばれる怪獣を使役する能力を得たのであった。彼はオメガの鎧ともなるこの怪獣たちを従え、「怪獣使い」としてオメガに協力する。

三人は地球に出現する怪獣を相手に、それぞれの立場から立ち向かっていくこととなる。

ソラト=オメガは何者なのか?何故彼は地球を守るために戦うのか?彼の瞳は何を見つめるのか?

そして地球人たちはその紅い巨人を見つめ、何を思うのか?

なぜ怪獣は現れるのか?

今、目覚めの刻が訪れる。

作品の展開

基本的に最近のウルトラシリーズは以下の流れで進行します。

  1. 主人公がウルトラマンの力を得る/ウルトラマンが人間に協力するため人間の姿になる
  2. 怪獣が出現し、その都度新しい力を得ながら戦っていく
  3. 中ボス戦(ここまでで12話)
  4. 総集編
  5. 後半の敵の正体がわかってくる
  6. 強敵が出現し、最強の力を手にしてそれを退ける
  7. 敵の正体が明確になり、終盤に向けて物語が加速する
  8. 最終章(ラスト数話)

『オメガ』もおおむねこの順番で展開しており、現在23話が終了し、あとは最終章を残すのみとなりました。

序盤~中ボス戦まで

定番の流れに沿って、メテオカイジュウやそれを用いたアーマー形態を獲得しながら怪獣と戦ったり怪事件を解決したり、という展開となっていました。

また、怪獣が何を目的としているのかということも注目すべき点で、縄張りを持つ恐竜を由来とする怪獣(4話)、土地神として言い伝えられており、現地少女との交流の末怪獣化してしまった生物(5話)、繁殖の為番を探していた怪獣(6話)などが登場します。

あまり急いで対処しなければならない問題もなく、ソラトが地球について学んでいくという展開がメインでした。

例年に比べてのんびりしていた印象がありますが、あとから見直すと「怪獣たちのルーツが地球の生物にある」などといった伏線が隠されていたことに気づかされます。

中ボス戦

1話で倒された怪獣「グライム」の再登場に端を発し、他の怪獣を取り込み自らの力とする怪獣「エルドギメラ」が出現し、オメガが敗北してしまいます。

また、人類側も怪獣に対処するための防衛軍の設立に急ぐなど、だんだんと主人公たちを取り巻く状況が変わってきます。

そして現れる謎の巨人。それはかつてオメガを撃墜した「ゾヴァラス」でした。メテオカイジュウすら操るその能力にオメガは苦戦します。

ソラトとコウセイ、そしてアユムは決死の作戦を展開し、ゾヴァラスに囚われた三体目のメテオカイジュウ「ヴァルジェネス」を奪還。その力を用いた「ヴァルジェネスアーマー」によりゾヴァラスを撃退します。

序盤ののんびりとした雰囲気から一転し、立て続けに強敵が出現し、地球を取り巻く状況が激変してしまうという展開です。

怪特隊の発足

怪獣出現が頻発化し、人類は怪獣に対処する特殊部隊「怪特隊」を作ります。

ソラトとコウセイとアユム、そしてアユムの恩師であるウタ・サユキの4人はウタ班として怪獣対処に当たることとなります。

また、オメガは人間から「ウルトラマン」と呼ばれることとなり、ソラトもそれを気に入ります。

そして、人類は怪獣に対処する力を得るべく、怪獣の力を利用しようとしていました。

オメガの正体

戦いの最中、ソラトとコウセイは「人類は滅びゆく種族」と言う宇宙人と出会ったり、時を超える能力を持つ怪獣の力で訪れた未来の地球が荒廃し、怪獣を傷つける兵器のみが動き続けている様を見ます。

そして、謎の電波を発するカプセルを発見。そこには地球に落ちてきたソラトを助けた男が残したメッセージが入っていました。

彼から告げられるオメガの正体。そして、彼の本当の使命は今まで「ソラト」としてやってきたこととは真逆の事でした。

戻るオメガの記憶。「ソラト」としての彼はコウセイたちの前から姿を消してしまいます。

遂に訪れた目覚めの刻。人間と怪獣。その戦いの末には何が待っているのか...。

魅力

ここからは、この作品の魅力を書いていこうと思います。

ウルトラマン×怪獣使いのバディもの

前作『ウルトラマンアーク』でも主人公飛世ユウマと同僚の石堂シュウとの絆が描かれていましたが、シュウがユウマの正体を知るのはかなり終盤の事でした。

しかし、今作ではウルトラマンの相棒となる人間コウセイが一話の時点でオメガの正体を知り、メテオカイジュウの力を得て彼と一緒に戦っていくこととなります。

主人公の正体を知らないがともに戦っていくという役回りはアユムに回されています(彼女も12話で真実を知ることとなります)が、「怪獣を使って共に戦う」という役回りがメインキャラに回って来るのは結構珍しい気がします(アースガロン、特空機とかがありますが、コウセイはメカではなくメテオカイジュウという異能(おそらくオメガ由来)を使っている点で差別化されていると思います)。

ソラトが地球について知っていく中でコウセイも「やりたいこと」を探していくという構成になっているので、実質的なW主人公ということになります。

記憶喪失という軸

作品全体を通るストーリーの縦軸として「ソラト=オメガが何者なのか」という謎があります。

記憶はないが怪獣の名前や生態、戦い方は覚えている。メテオカイジュウが味方なのもなんとなくわかる。

しかし、オメガはどこから来たのか?彼は何をしていたのか?何故地球に落ちて来ることとなったのか?

そういった数々の謎が少しずつ少しずつ明かされていき、序盤の伏線が後半一気に意味を持つという流れとなっています。

こういったサスペンス要素も『オメガ』の魅力の一つです。

「学者」という面からの怪獣対処

怪獣の研究をするアユム、そして後半から彼女の恩師であるサユキといったように、この作品にはメインキャラとして怪獣学者たちが登場します。

また、オメガ自身も怪獣と対峙するときに右手を向ける「オメガスコープ」という動作をします。これは人間の姿をしているときも同様で、コウセイはソラトが怪獣学者だったのではないかと考え、「記憶喪失の怪獣学者」という体で周りに説明します。

生物の本質を知るために学者となったアユムは怪獣の知識が豊富なソラトに興味を持ち、生物学の面から怪獣の生態を考え、弱点を見つけるなどの面でオメガをサポートすることとなります。

また、サユキはソラトとコウセイを「怪獣博士と怪獣使い」とし、彼らの長所を活かしつつ自らの持つ知識や技術を総動員してチームで怪獣に向き合います。

怪獣をただ倒すべき敵として決めつけたり、目先の利益だけを追求するのではなく、様々な角度からその行動の意味を考えて正しく対処していくという「学者」「研究者」の姿勢。これが作品のテーマにもなっていると思います。

自分のオススメ回

かなり縦軸が意識されたストーリーということもあり、各話続けて見ると楽しめる作風ですが、あえて単一エピソードをオススメするとしたら、自分は以下の三つを選びます。

宇宙人がやってきた(1話)

あらすじで説明した通り、空から落ちてきたソラトとコウセイとの出会いや彼らの戦いの始まりが描かれます。

冒頭ではあの『ゴジラ-1.0』のCG製作を担当した白組による大迫力のCG戦闘シーンが描かれています。

最初見た時はあまりにもリアルで実写だと思っていました。

この回でコウセイがソラトに食べさせた焼きそばは彼らの絆の象徴となっていきます。

俺のやりたいこと(12話)

怪獣を倒すことに焦ったコウセイをかばったこともあり、オメガはエルドギメラに敗北してしまいます。これ以上コウセイを傷つけたくないと思ったソラトは、傷を押してコウセイの前から姿を消してしまいます。

メテオカイジュウという力を得たことでずっと探していた「やりたいこと」を一つ飛びに実現しようとし、失敗して相棒を傷つけてしまったコウセイ。

失意のうち、彼はサユキに出会い、彼女の手伝いをすることとなります。

「結果が出るか分からなくてもとにかく動き続けることが大事」ということを教えられた彼は、自らのやりたかったことを考えなおします。

そして、怪獣たちを吸収しさらに協力となっていくエルドギメラに対し、人間、そしてオメガが戦いを挑んでいくこととなります。

オメガの記憶に関する重大なヒントが明かされることもあり、文字通り前半の山場となる回です。

風花(17話)

人類によって作られた徹甲弾が怪獣を撃破する。これは人類の力で怪獣を倒せた初めての例であった。

しかし、倒した怪獣の死体が動き出す。調査の結果、怪獣に打ち込まれた徹甲弾に利用されていた永久凍土から取り出された怪獣の骨に潜んでいた細菌「エドマフィラ」が活性化して怪獣を操っていたということが判明します。

怪獣対処に焦る人類が生み出した兵器がさらなる脅威を生んでしまい、それに対処するという流れの話です。

防衛隊の人は反省していましたが、それでも怪獣には対処しなくてはいけない。ウルトラマンだけに頼るわけにはいかない。この板挟みの状態が終盤の展開につながっていきます。

怪獣が何故動き出したのかから始まり、何が目的なのか、弱点は何なのかということをウタ班で議論し、現地調査や防衛隊との連携を織り交ぜながらオメガやメテオカイジュウを含めたチーム全員でエドマフィラに立ち向かっていく、という流れが非常にきれいです。この作品のテーマもしっかり押さえていて無駄がないです。

個人的に一番好きな回です。

おわりに

2025年12月20日に衝撃の幕引きを迎え、年内の放送を終えた『ウルトラマンオメガ』ですが、あと2話でどのような展開を見せるのでしょうか。楽しみです。

それではまた、明日の記事でお会いしましょう!

映画『アバター ファイアー・アンド・アッシュ』感想

はじめに

この記事はUdon Advent Calendar 2025 - Adventar20日目の記事です。

アバター ファイアー・アンド・アッシュ』

毎週映画を観るようにしているのですが、今週は『アバター ファイアー・アンド・アッシュ』を鑑賞しました。

この映画は2009年に公開され、世界歴代興行収入の一位の座を16年間保持している映画『アバター』の第三作です。

第二作『アバター ウェイ・オブ・ウォーター』も世界歴代興行収入3位を記録している超人気作品で、その続編として公開されている以上公開前の期待値は相当高かったです。

公開日2025年12月19日当日の朝一番で鑑賞しました。朝とは言え入場者数はそれなりに多かったです。

感想

では、感想をトピックごとに書いていこうと思います。

一部ネタバレを含むので、未鑑賞の方はご注意ください。

映像美

前作『ウェイ・オブ・ウォーター』に引き続きとてつもなく映像が綺麗でした。CGらしさも薄く、実写とCGの境が感じられませんでした。

また、FPSも高いように感じました。いい意味でヌルヌル動いていて驚きました。

製作費は推定4億ドルらしく、非常に手間や資金を掛けて製作されたのだと感じました。

上映時間の長さを感じさせない

上映時間は190分越えでした。あの『RRR』くらいと聞いたときはINTERRRVALなしで大丈夫か?と思ったのですがいざ観てみるとそんなことはありませんでした。

頻繁にバトルが発生し、手に汗握る展開が続くのであっという間でした。

ストーリーラインがわかりやすい

長い時間観ていて飽きなかった理由としてはストーリーが分かりやすいということが大きかったと思います。

前作までの展開を踏まえた状況の説明がある→問題が起きる→その解決に動く→バトル→また新たな問題が起きる...という流れになっており、今何をしているのか、何が問題なのか、ということが各パートで明確になっていました。

また、映画全体に渡っているストーリーの軸も明確でぶれることがなかったと感じます。

今作は人間でありながらマスクを付けてナヴィ族と共同生活をしていた少年「スパイダー」の身に起きたある出来事がストーリーの軸となっています。

このような、「持ってしまった力をどうするか」という問題はアバターシリーズに共通のテーマだと思います。今作でもこのテーマが大切に扱われていたと思います。

ヴィランが魅力的

本作のヴィランは「灰の一族」及び『アバター』からの因縁の相手「クオリッチ大佐」でした。

クオリッチ大佐は『アバター』から引き続きのヴィランで、前作では翼竜を仲間にしていました。今作では新たに「灰の一族」を懐柔し、彼らとともに因縁の相手ジェイクに挑みます。

また、彼はスパイダーの父でもあり、その因縁も作品のテーマとなっています。捕まったスパイダーに父として接したり、最後にある行動に出たりするなど、彼なりに子供を想っているんだなとわかるシーンがあって良かったです。この親子の絆は主人公ジェイクとその息子たちとの絆と対比されています。

そして、利害が一致していたとはいえジェイクと一時的に協力し、家族を助け出すシーンもありました。その後再び敵対することとなりますが、かつての敵と協力する展開はかなり好きですね。

そして今回初登場の「灰の一族」はナヴィ族の中でも好戦的な種族として描かれています。住んでいた森が火山活動で滅びたので、その跡地で火を操る力を身に付け、略奪により生きながらえてきた種族です。

最初は翼竜に乗って火矢を放ちながら略奪を行っていました(仲間を燃やして特攻させるなどクレイジーな面もあります)が、女族長のヴァランがクオリッチと出会い、彼から銃火器などを渡されると一気に危険な武装集団になりました。

ヴァランは好戦的かつ危険な女族長として登場しましたが、クオリッチと出会って彼の強さを知ってからは彼と男女の関係に発展しているように見受けられました。火炎放射器を渡され、嬉々として燃やしていたシーンや、ともに基地に入って手を取り合いながら歩くシーンには正直可愛げすらありました。

アバターの男が現地の女戦士と出会って恋に落ちる展開は『アバター』と共通しています。クオリッチも何かが違えば主人公同様に軍人の立場を捨ててナヴィ族として生きる、ということができたのでしょうか。

その他、人間の悪いやつらもヴィランとして描かれています。例えば、前作『ウェイ・オブ・ウォーター』で鯨のようなタルカンという生物を乱獲していた人は、右腕を失いながらも懲りずに乱獲を続けたがっています。

しかし、今度は許されず、乗っている船が沈没した挙句タルカンに捕獲され、海底に引きずり込まれてしまいます。

こういった金儲けを企む悪いやつが無惨な末路を迎える、といった流れは王道な展開ですね。

最終決戦がしっかりしている

個人的に、明確な最終決戦がある映画はよい映画だと感じています。そこまでに起きた問題が最後の戦いを経て一気に解決していく様にはカタルシスがあります。

本映画の最終決戦は主人公がこれまでに出会ってきた森の民や海の民が一致団結し、ともにNDA社+火の民と戦うというものです。

アバター』で登場した森の民や翼竜のトゥルーク、『ウェイ・オブ・ウォーター』で登場した森の民やタルカン、今まで集めてきた仲間とともに立ち向かうという展開は非常にベタではありますが、だからこそ盛り上がるんだなと思います。

凄まじい映像美で繰り広げられる圧倒的迫力の戦闘シーンは手に汗握ります。

おわりに

前二作をしっかり引き継いだ非常にクオリティの高い続編だったと思います。

前述の通り人間の敵はある程度倒されましたが、ヴィランのうち片方は逃走、もう片方は明確な死亡シーンが描かれていません。これらは続編への布石なんだなと思います。

既に『アバター4』や『アバター5』が計画されているらしく、4は2029年12月に公開されるようです。

これからアバターシリーズがどのような展開を見せていくのかが楽しみですね。

それではまた、明日の記事でお会いしましょう!

参考文献

世界歴代興行収入上位の映画一覧 - Wikipedia

アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ - Wikipedia

エアリプについて思うこと

はじめに

この記事はUdon Advent Calendar 2025 - Adventarの19日目の記事です。

注意点

かなりデリケートな話題を扱うため、注意書きをしておきます。

  • この記事には特定個人を批判する意図・目的はございません。
  • これはあくまで筆者の考えであり、第三者の意見を代弁するものではございません。

これを念頭に置いてこの記事をお読みいただけると幸いです。

エアリプとは

今日の記事はタイトルにもある通り「エアリプ」に対する自分の考えを書いていこうと思います。

皆さんは「エアリプ」という言葉をご存じでしょうか。主にTwitter(現X)といったタイムライン型SNSにおいて使われる言葉で、「空リプ」とも言います。「リプ」は「リプライ」つまり「返信」の事ですね。

自分の考えを書いていく前に、エアリプについての基礎情報をまとめておきます。

概要

エアリプとは「返信機能を使わず、通常の投稿機能を用いて相手の投稿に対する返事(のようなもの)を投稿する」というものです。

「エア」というのは「空気」というよりは「エア野球」「エアギター」のような「実際にそれをやっているフリをする」というった意味ですね。

目的

エアリプの概要は分かりましたが、何故それが行われるのでしょうか。目的を調べてみました。

誰かに察してもらいたい

直接リプライしてしまうとその人の投稿に対する発言だということが明らかになってしまうので、エアリプを見た発言主に「これは自分の投稿に対する意見だな」と意図を汲んでもらうといった使い方です。

最もよく見るパターンな気がします。

間接的に意見を言いたい

発言主が有名人だったり話しかけづらい人だったりするが、自分の意見はどこかに書いておきたいときにエアリプが使われるようです。

リプをしてしまうと通知が飛ぶため、相手に気づかれる可能性はゼロではありません。そういう時に備えて直接リプをせず、通常投稿で意見を書いておくといった使い方です。

メリット

エアリプですが、一般的には以下のようなメリットがあるとされています。

リプ相手に通知が飛ばない

基本的に、リプをすると相手に通知が飛びます。

ですが、エアリプでは通常の投稿機能を用いているため、相手が自分の投稿に対して通知を設定していない限りは通知が飛びません。

関係性の特定がされにくい

リプライではスレッドが作成され、会話履歴が残ります。その会話の内容から、投稿者と返信者の関係性が分かってしまう場合があります。

そういうことを避けるためにエアリプを用いる場合があるらしいです。セキュリティ的に結構理にかなっている気がします。

少し前には、、、、

エアリプしてると付き合えるという噂が何かの雑誌に書いてありました。なんやねんそれ。

https://tlclip.com/832

あくまで「きっかけ作り」なわけですが、SNS上での「察してほしい」の応酬から始まる関係性はどうなんだろうと思いますね。

自分がエアリプに対して思っていること

さて、エアリプについての概要を書いてきたところで、自分が「エアリプ」に対して思っていることを書いていこうかなと思います。

基本的に自分はエアリプを使うことに反対しています。以下その理由をいくつか書いていきます。

「察して」ということの危うさ

直接は言っていないが、発言内容から自分のことを言っているんだということを察してくれ、というメッセージがエアリプには少なからず含まれていることになります。

中には「察してもらえなければ別にいい」という人もいますが、個人的にそれは相手の理解力を試しているような感じがして嫌です。

関係ない人視点であまりにも意味不明

自分が一番問題だと思っているのはここです。

例えば自分をAとし、Bをフォローしているとします。しかしBのFF(相互)であるCはフォローしてないとします。

ここで、BとCがエアリプで会話をしたとします。自分視点ではBが何かを言っているのが見えますが、その相手が誰なのかは不明です。

感覚的には自分の周りで誰かが大声で(自分に聞えるような声で)電話をしているようなものでしょうか。実際には文章が残るので、会話の履歴はタイムラインに残留します(削除しない限り)。

これらの発言の裏には会話という「文脈」があるわけですが、会話に参加している全員が見えない場合はその文脈が欠落します。

結果、第三者のタイムラインには一見意味の分からない投稿が散見されることとなってしまうわけです。

関係ない人に「思考」を強要してしまう

上記のことの続きになりますが、文脈を欠いた投稿(エアリプ)は読み手に「これはなんなのか」ということを考える時間を要請します。

SNSでの投稿を見る際、「この人は何について話しているのかな?」という事を意識することは多いと思います。特に知り合いの投稿ならなおさらです。

なので、エアリプの一環として行った投稿に対して、第三者がある程度「これは何か」と思考している可能性は高いです。

「これはエアリプっぽいな、気にしなくていいな」ということを読み手の方に判断して「もらっている」ということは忘れてはいけないと思います。

この話はエアリプだけでなく投稿全般に言えますね。主語を欠いた投稿は誤解を招く可能性が高いという事です。

公開アカウント(いわゆる鍵アカウントではないもの)を用いている場合、行った投稿は全ユーザが閲覧できる状態に置かれます(フォローしていない限りリアルタイムで目に入ることは少ないかもしれない)。なかなか難しいですが、誰が見ても大丈夫な投稿を心がけるべきですね。

独り言のつもりでも、誰かの気を煩わせていることには注意が必要です。

誹謗中傷・陰口の隠れ蓑になりやすい

個人的にかなり大きな問題だと思うのはここです。

特定個人に対する誹謗中傷でも、直接的に名前を書いていないエアリプなら「これは君に対するものではない」とシラを切ることが可能なわけです。

まさに安全圏から殴っているようなものです。倫理的にも卑怯な行為と言えます。こういった行為の手段としてエアリプが使われることにも注意しなければならないです。

自分なりの心がけ

以上の理由から自分はエアリプをしないようにしています。

かといって、エアリプしないようにする、という漠然とした態度だと何気ない投稿がエアリプっぽくなってしまう可能性があります。

ここでは、自分が特に気を付けていることを紹介します。あくまで自分の心がけなので、これをやっていないといけない、という事は無いです。というかエアリプも一種のコミュニケーション手段の一つなので一概に「悪」とは言い切れないです。

基本的にリプ機能を使う

何か意見があるなら素直にリプで伝えるべきだと思います。

エアリプが相手に見えているということはフォローされている可能性が高いので、通知が飛んでも大丈夫だと思います。

相手がこれ見て察してくれるでしょ、という受け身の姿勢よりは直接伝えて会話に発展される方が建設的じゃないかな、と思っています。

また、リプ機能を使うとスレッドの内容はスレッドに参加している人以外のタイムラインには表示されません(Xの場合)。この機能を用いることで、関係ない第三者にとって意味不明な会話を見せてしまうことが少なくなると思います。

出典を示す

誰かの投稿に対する意見を言うときは引用リツイートといった形で出典を示すとよいと思います。

引用リツイートでは内容付きで通知が飛ぶので、それを投稿主に見せたくない場合はまず通常のリツイートをし、「>RT」と書いてリツイートに関する内容であることを明記してからコメントを投稿する、といった工夫もあります。

これによって「何に対する発言なのか」が明確になり、読み手側の負担が減る気がします。

おわりに

結構思想が入った記事になってしまいました。

この手のことは「自分は嫌だからやらない」で止めるべきで、「自分が嫌なので他の人にもやめてほしい」まで行くと理不尽な暴力になってしまうと思います。

筆者にも、エアリプの扱い方・考え方に関して知り合いと意見が合わず長めの話し合いに発展させてしまったという経験があります。エアリプに限らず、SNSに対する価値観や考え方は人によって違うんだなと痛感しました。

SNSみたいなよく触れるものに関しては自分の基準を作って(他人にそれを押し付けてはいけない)おくと嫌な思いをせずにすむのかな、と思いました。

それではまた、明日の記事でお会いしましょう!

参考文献

エアリプ(空リプ)とは 意味/解説 - シマウマ用語集

「エアリプ」で安全圏から言いたい放題、人間関係を壊し処分の対象にも | 日経クロステック(xTECH)

エアリプという簡易バリア|Yuu

映画『ズートピア2』感想

はじめに

この記事はUdon Advent Calendar 2025 - Adventarの14日目の記事です。

ズートピア2』

気を取り直して、この記事では『ズートピア2』の感想を書いていこうと思います。

公開は12/5だったので、一週間経ってからの鑑賞となりました。吹替版です。

前作『ズートピア』(9年前くらいなんですね)は観ていないのですが、だいたいの内容は知っていたし、冒頭に前作の説明があったのでついていけました。

以下、ポイントごとに書いていこうと思います。ネタバレが含まれているので未鑑賞の方はご注意ください。

総評

「〇〇してはいけない、おとなしく従え」という目上の人の言いつけを破って、失敗しつつも自分のやりたいことを正直にやって活躍し、結果周りに認められつつ自己実現を果たす、というストーリーラインはディズニー映画あるあるの王道展開だと思いました。

スリードや伏線の回収も秀逸で、前作を踏まえた要素もありますが総じてこの映画から観ても楽しめるような作りになっていたと思います。

仲間だと思っていたら実は裏切り者だった、という展開には完全に騙されました。新キャラほど信用できないってやつですね。

これ『ガンダムUC』じゃん!!!!!

作品が終盤に差し掛かってくると、何だか既視感のある展開になってきたな、と思いました。

しばし考えていたところ、既視感の正体が『機動戦士ガンダムUC』だと気づきました。

この作品のあらすじはWikipediaを参照してください。

この2つの作品には「新体制ができてから100年が経とうとしているとき、100年前に隠された真実がその時の重要人物の子孫たちによって暴かれる」という共通点があります。

そして、その隠された真実が「権利」であることまでも共通しています。『ズートピア2』ではヘビのゲイリーの曾祖母が取得した「特許権」、『ガンダムUC』では初代首相が宇宙世紀憲章に付け加えていた「宇宙移民の権利」です。そして、これらは現在迫害されていたり不利な立場に追いやられている「ヘビ・爬虫類」や「宇宙移民」の名誉を回復し、既存の政治基盤をひっくりかえすものなので既得権益を守ろうとする者たちがそれを消し去ろうとしている、ということまで似ています。

その他気づいた共通点も列挙してみます。

  • 財団と敵対する
  • 自分にコンプレックスを感じ、家族に認めてもらいたいと感じている男がいる
  • 既存のアイテムに隠された部分がある
  • 真実が隠されたアイテムの争奪戦
  • かつての重要人物の末裔がメインキャラ

こうしてみると、かなり共通点が多いですね。

やはり「名誉の回復」や「権力者によって隠された真実」というのは盛り上がりがいいのでよく使われるテーマだ、ということでしょうか。

これ『精霊の木』じゃん!!!!!

「抑圧された一族の末裔が祖先の名誉を取り戻す」というストーリーには、上橋菜穂子さんのデビュー作『精霊の木』との共通点が見られます。

この作品の舞台は上橋菜穂子作品の中で唯一「科学技術が発展し宇宙に人類が進出している世界」です。

宇宙に進出した人類は、降り立った星で先住民族に出会うわけですが、人類は彼らの大切にしていた森(そこの木には重要な意味があります)を切り倒し、先住民族を迫害し、根絶やし同然にしてしまいました。その上、歴史には先住民族が勝手に滅びたといった情報だけを残し、自分たちの所業を隠蔽しつつその星に都市を建設してしまいました。

そんな中、その都市に暮らす主人公が自分はその先住民族の末裔(混血の影響を調べるため人類と子を持つことを黙認された人々もいた)であることに気づき、歴史に隠されたとある真実を探して旅に出る...といった話です。

最終的に真実が暴かれ、実力行使でその真実を隠そうとした連邦の暗い部分も日の目を見る事になる、というストーリーラインも『ズートピア2』と関連しています。

上橋菜穂子氏の他作品である「守り人」シリーズや「獣の奏者」シリーズにも「隠された真実を暴いていく」というテーマがあります。文化人類学者としての顔も持つ彼女にとって、「歴史は伝える者の手によっていくらでもゆがめられてしまうので、欲を抜きにして正しい姿で伝える必要がある」ことをこれらの作品に込めたんだと思います。

おわりに

こうしてみると色々な日本の作品との共通点を持った作品なんだなと感じました。もちろん狙ってやったわけではないでしょうが、色々な作品に触れておくとそれらの類似点を考えることができて解像度が上がり、面白いなと思います。

それではまた、明日の記事でお会いしましょう!